三四郎のコンビ名の由来
お笑いコンビ三四郎は、ツッコミ担当で滑舌の悪さが特徴の小宮と、普段は地味でもラジオだと絶口調のボケの相田の同級生コンビ。
二人は、おぼっちゃん学校で有名な成城学園出身で、中学、高校と一緒。相田は大学も成城大学に進む。
三四郎結成のきっかけは、高校二年生のときのこと。学園祭でコンビを組んで漫才を披露した際にウケたことから、小宮が相田を誘う。
ただ、当時小宮がノストラダムスの大予言を信じて何もしないでいたことから、留年してしまったためにコンビ結成がずれ込み、小宮の卒業後、一緒に人力舎のお笑い養成所に入所。
小宮はフリーターを続け、相田は大学に通いながら、養成所で下積み生活を送る。
三四郎、というコンビ名も、この人力舎の養成所時代に付けられる
今は新宿に移転した人力舎だが、その頃は東高円寺のIKビル3階にあり、三四郎の二人も他の若手芸人同様、東高円寺駅近くの蚕糸の森公園でネタ合わせなどの練習をした。
この蚕糸の森公園の「さんし」の響きを取って「三四郎」としたのが、コンビ名の由来だと言う。
養成所の近くにあった公園でいつもネタ合わせしてたんです。それで、いつでも原点に戻れるようにって思いを込めて、公園の名前にちなんだものにしようって決めたんです。公園、「蚕糸の森公園」っていうんですけど、この「蚕糸」の音だけもらって「三四郎」(小宮)。
この蚕糸の森公園は、東京03など人力舎の芸人がネタ合わせをしていたことでも有名なスポットだ。
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ちなみに、由来については夏目漱石の『三四郎』の主人公が小宮だから、という説や、小宮の親が東大で働いていて東大には「三四郎池」があるから、という説もあるが、これに関しては本人が否定している。
また、三四郎の小宮の下積み時代の思い出の地として、この蚕糸の森公園の他に、公園のすぐ近くにあるラーメン、中華料理屋「満州王」がある。
もともと人力舎が東高円寺にあったことから、東京03やアンタッチャブルも来店、店内にはサインも飾ってある。